……あるところに、広大な“海”がありました。
どこまでも広がるかに思える“海”と“空”と、それを二分する水平線。
そこにぽつんと存在する“島”には、唯一の“獣”が棲んでいました。
“獣”はかつて、物寂しさゆえに“鳥”を捕らえ、“籠”に入れていたことがありました。
当初は“鳥”も“獣”に怯え、大人しくしていました。
しかし“獣”の意図を知り、殺されることは無いと知ると“獣”に抗うようになりました。
時には“籠”を壊そうとさえする“鳥”に手を焼き、徐々に情も薄れ、最後に――
“獣”は“籠”を開け、“鳥”を放ちました。「二度と“島”に来るな」と言い添えて。
しばらくして――
日々を過ごしていた“獣”の許に、別の“鳥”が現れました。
“獣”は前の失敗を踏まえ、“鳥”に時折で良いから訪ねて欲しいと頼み……
以来、数日に一度は“島”に羽音が聞こえるようになりました。
“空”を見上げて“獣”が呼びかけると、“鳥”はその肩に舞い降りてきます。
そうして“獣”が口にする取り留めもない話に頷きを返してくれました。
が、当然のことながら、全ての話が終わると“鳥”は羽ばたいて還っていきます。
“獣”の暮らす“島”ではなく、“空”こそが“鳥”の居場所だからです。
小さくなる影に“獣”が苦しさを見出すのは時間の問題だったのかも知れません。
遠くの“空”には点で突いたような影が動き――その点が複数で舞うのが見えます。
しかし、かろうじて見えるだけで“獣”は飛ぶことも泳ぐことさえも出来ません。
“獣”の居場所は大地の上であり、“島”であり――決して“空”ではないのです。
やがて、“獣”は鬱ぎがちになっていきました。
“空”から眼を背け、“島”に少しだけ残る茂みに赴くことが多くなりました。
だから――珍しく“鳥”が自ら来たことにも気づくことは無く。
茂みから戻った“獣”は、一枚だけ抜かれた綺麗な“羽根”を見つけます。
“鳥”の突然の来訪を知って驚いたものの、そのうち呼んで話そうと思っていました。
翌日、“獣”は“空”を見上げましたが――“鳥”が近くを過ぎることはありませんでした。
それから夜が来て朝が来てを繰り返し、数え切れないほどの日が過ぎて。
……“獣”はいつしか、見上げることを止めてしまいました。
眼には見えても声の届かない遠くで“鳥”が舞うのを見るのが苦しい、と気づいたから。
“獣”は虚ろに笑いながら、水面に眼を向けました。
……ささやかな波が過ぎるのみの鏡面に、見たことのないものが映っていました。
身は膨れ、かたちは歪み、爛れたような――“獣”の面影も無い“化け物”の姿が。
そのとき、ようやく“獣”は三つのことに気がつきました。
ひとつは今まで“海”を……それを通して自らの姿を見たことがなかったということ。
もうひとつは、自分がいつからか“化け物”に成り代わってしまったこと。
そして、最後のひとつは――
“空”を見ると感じる“苦しさ”は外からの痛みではなく――
自分が“傷む”ということが決して清廉な感情によるものではないこと。
“獣”は“海”も“空”も見ることを止め、“大地”に眼を伏せてしまいました。
はじめは“羽根”を握り締めていましたが、その力さえも萎え。
“鳥”の重みを再び肩に感じるときを待っているのか、それとも――
もう“獣”自身も何も分からず、ただ“苦しさ”を耐えることに決めたのです。
いつかは必ず来るであろう……“そのとき”まで。




